地域のYさんから、北朝鮮旅行の体験手記を持って来ていただいた。え!!国交のない北朝鮮に行けるの?、が始めの疑問で、どうしてまた北朝鮮なの?がつぎの疑問だった。
知ら二ということは実に怖ろしいことである。北朝鮮と言えば、蛇蝎のように忌み嫌っていた。荒涼としたあの山村や農村風景、貧しげな生活と、語らぬ人々の姿。一方では華々しく語るあの女性アナウンサーの声と、一糸乱れぬ軍隊の行進やマスゲーム、ロケット砲。忠誠を誓うかのような将軍様への笑顔と必死の拍手などに違和感をいだいてきた。
道路はいつも掃き清められて、白いシャツに黒のズボンに小さなバックを持ってはたらきに行く女性。制服に赤いネッカチーフを首に巻いて登校する学童たち。Yさんたちが語りかけると恥ずかしげに隠れてしまう人びと。若い男性の姿は見かけられないという。
朝鮮が最も自主的に発展すべき時に植民地化され、戦争で国土を荒らされ世界から孤立させられてきた北朝鮮。戦争から国を守るためにと男は10年間の徴兵義務(女性は3年間)。もし戦争への危惧とその不安がなくなり若者たちが生産活動に戻れるようになったら、北朝鮮もいまとは違った姿になっていただろうという。
Yさんは感想の一番最後で、”わたしはこの人々を守ってあげたい気持ち”になったと書かれていた。話さなければ朝鮮人か、中国人か、日本人なのかわからないというくらい似ているという。食事もおいしかったという。わたしもこの手記を読んでいつか行ってみたいと思った。
30年前に中国を旅行したことがあるが、その時の風景を思い出しながらYさんの旅行記を読んでいた。