受賞祝いのワインをやりながら木村忠太で盛り上がる。
みんな木村忠太が好きになったらしい。Aさんはアトリエにきてから抽象的
な関心が高まったらしい。ⅠさんもムッシュMも何冊も画集を見て興奮していた。
彼の存在を知ったのはかなり前になるが青山のたからし画廊を偶然見つけ
入ってみた。そこには忠太の作品が小品だがたくさんならべられてい惹きつ
けられた。
画集をどうしても欲しくなり手持ちがあまりなかったが欲しいと言ったら代金
後払いでいいと言われ手に入れた。
パリのセーヌ通りの画廊で忠太の遺作展をしていてそこで奥さんの幸子さんと
出会った。忠太のフアンであることがわかりサンジェルマン通りのアパルトマンに
訪ねたことがある。
作品の管理はすべて奥様がやっておられ、引き出しの中からもたくさんのデッ
サンを見せていただいた。棚やドアーなどいたるところに彼の絵が描かれていた。
とりわけ小さな箱のふたに馬の絵が描かれていたのがとても印象的であった。
医療のミスらしく彼の死は突然であったようだ。
パリの病院で緊急の手術が必要になって、じゃいって来ると言う言葉をのこし
それが最後になってしまったようだ。手術のための出血死という。
彼の作品を見ていると創作意欲がかき立てられるのだ。
(サン・ミッシエル)